テーブルゲーム 無理

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 オルレアン撤退後、仏第15、第16軍団による「ロアール軍」は、ルイ・ジャン・バプテスト・ドーレル・ドゥ・パラディーヌ中将の隷下で「鍛え直され」、既述通りブロア(オルレアンの南西55.5キロ)とジアン(同東南東59.4キロ)とに分かれてオルレアンに対面し、またその中間南側となるソルドル河畔に展開します

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寄せ集めとはいえ「軍団」という形が出来上がりつつあった仏第16軍団では、アルジェリア帰りのジョセフ・プルセ少将が総司令官に任じられました

 この仏第16軍団の編成作業は10月一杯続き、11月初旬まで軍団第2師団と同第1、3師団の各1個旅団はブロア付近で編成と錬成が続きます

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 この2個軍団に保護される形でその後方地区では新たな軍団が立ち上げられ、ロアール北岸のブロア~メル(ブロアの北西18.4キロ)間では仏第17軍団が、上流のヌベール周辺では仏第18軍団が、それぞれ10月末までに発足し編成を始めました

 同じく海軍中将のコンスタン・ルイ・ジャン・バンジャマン・ジョレス提督率いる混成集団(後に仏第21軍団となります)が、独軍が北へ去ったシャトーダンやブル(シャトーダンの北西19.7キロ)、ノジャン=ル=ロトルー(同北西46.8キロ)の線上に展開して独軍の最前線となっていたシャルトル方面を警戒し、ロアール軍と仏北西部に点在する軍勢との間を埋めました

 余談ですが、このジョレス提督は普仏戦争の7年ほど前、日本の長州藩と英仏米蘭との間で発生した下関戦争(1863、64年)の仏側指揮官です

 ジョレス この仏北西部では既述通り3万~6万程度の兵団が複数活動を始めており、ピカルディからノルマンディの北部でブルバキ将軍が、ルーアンを中心にノルマンディ地方でブリアン将軍が、その東側セーヌの左岸(ここでは南岸)ではフィエレック将軍が、それぞれ護国軍や義勇兵を統率し独軍の偵察斥候隊と衝突していました

 このフィエレック将軍兵団の右翼側、シャトーヌフ=アン=ティムレ(シャルトルの北西23.4キロ)とスノンシュ(シャトーヌフの西15.2キロ)にはマルティ中佐が約8,000名*を率いて展開し、ウール川上流域のクルヴィル(=シュル=ウール

シャトーヌフの南14.7キロ)やブレーズ川沿いでドルー近郊のガルネ(同北北東15.5キロ)までを守備範囲としていました

 また、ドルーには10月来、デュ・タンプル中佐率いる護国軍兵を中心とした約7,000名*が幾度かの独軍強行偵察部隊の来襲を退け居座っていましたが、シャルトル陥落後の10月25日に普第6騎兵師団本隊が前進して来るとさすがに西へと撤退して行ったのです

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※マルティ中佐旅団(10月末) ・カルヴァドス県(ノルマンディ地区

県都カーン)護国軍連隊 ・マルシェ歩兵第36連隊第2、3大隊 ・マイエンヌ県(ペイ・ドゥ・ラ・ロアール地区

県都ラヴァル)の護国軍1個大隊 ・海軍フュージリア兵2個中隊 ・詳細不明の猟兵半個中隊※デュ・タンプル中佐旅団(10月末) ・コレーズ県(中仏リムーザン地区

県都チュール)護国軍連隊 ・カルヴァドス県の護国軍1個大隊 ・海軍フュージリア兵2個中隊 ・詳細不明の猟兵半個中隊 ・砲兵隊(詳細不明) 普第6騎兵師団が、フォン・ヴィッティヒ将軍率いるシャルトル在の普第22師団の要請で再びマントノン(シャルトルの北北東16.8キロ)まで下がると、11月3日、両師団は共同でクルヴィルの仏軍に対する示威運動を開始し、同時に普騎兵第4師団はその左翼側(シャルトルの南)に連携して普第8、第9騎兵旅団を派出、こちらはノジャン=シュル=ウール(シャルトルの南西11.3キロ)を経てクルヴィル方向へ進み、師団残りの普騎兵第10旅団はバイオー=ル=パン(ノジャンの南西3.4キロ)を経てイリエ=コンブレ(ノジャンの南西13.2キロ)まで進み、シャトーダン及びノジャン=ル=ロトルー方面を警戒しました

 こうしてクルヴィルは攻撃され、普軍砲兵が榴弾を2、3発発射するとマルティ中佐の部下たちはクルヴィル市街を捨てて西へ逃走しました

しかし、更に西側ではフィエレック将軍麾下の仏軍がしっかりと防衛線を張っていたため、普軍諸隊は翌朝シャルトルまで引き上げたのでした

 普騎兵第6師団の撤退後、ドルーには暫くの間両軍とも兵力を進出させませんでしたが、市街地には双方の斥候隊が度々侵入し、遭遇戦が頻発するようになります

 これとは別にモカール大佐率いる約8,000名の仏護国軍と義勇兵による「ウール集団」は、ウーダン(ドルーの東北東18キロ)とマント=ラ=ジョリー(セーヌ河畔

同北東38キロ)を拠点とする普騎兵第5師団に対してエブルー(同北北西35.7キロ)周辺を守備し、セーヌ川沿いにガイヨンからベルノン(それぞれマント=ラ=ジョリーの北西33.7キロ、同20.2キロ)付近まで、ウール川沿いではパシー(=シュル=ウール